昭和50年9月18日  月次祭 ●②x2 ④⑪  大坪かよこ



 おかげを受けて、おかげが分かると、おかげを受けたという実感がない限り、やはりおかげ、いうなら、信心はせぬでもおかげはやってあると仰せられるそのおかげに気付きません。
この信心はせぬでも、おかげはやってあると仰せられる、そのおかげこそが本当のおかげなのです。
ところが、それが中々分かりません。お願いをさせて頂くでも、どうぞお願いを致します、お願いを致しますというお願いよりも、おかげを受けておることを分からしてもろうて、そのお礼の心、有り難いとその心を持って、願えばその願いは間違いなく聞き届けられるという感じが致します。
いわゆる、お礼を土台としたところの願いであります。
ね、中々御礼を土台にしたところの願い、それを多くの場合はただお願いをいたします、ただ苦しいとか困ったとかいうことが土台であって、だからそこから助けてもらいたいという願いを立てる。
ね、はじめの間は、やはり誰しもそれではありますけれども、本当に自分の願いが聞き届けられる、本当に神様も喜んでくださって、おかげを下さることがでけるおかげを頂くために、私共が、いわゆるおかげをおかげと知らなければいけない。
ね、そのことをふんまえて、それを土台としてお願いをする。
これは中々、それが理屈の上では分かったようでありましても、実感としてそれが沸いてこないところに、まぁ、難しさがあるわけです。
今日、前講に私共の一番下の十九歳になります栄四郎が、前講をつとめておりました。
お道の教師の資格は頂いて帰ってきた、ね、こういう教会で生まれて、教会でお育てを頂いて、何とはなしにその神様が分かっておるようであるけれども、実際なると分かってはいない。
今日のお話を聞いておっても、今日は月次祭であることも忘れておった。
自分が前講で話さなければならないことも忘れておったと前提してからお話をしておりました。
それでも、やはり神様が懐疑的であるようであって、それでいて、何か知らん、いわば本当な神様、本当のおかげというものを分かりたいと、こう努力をしておるというようなことは、ま、親の私から見てもそれを感ずるんです。
朝三時半にここへ出て見えますと、兄弟で出てきます。特にあの栄四郎の方は、いっぺん起きて納戸まで着物を着に行くのは行くらしいんですよ。
けれども納戸の方でまた、なごうなってまた寝てしもうとる。
も、それを起こそうとも思いません。もうあれだけでも大変な修行だと思いますから、起こされて、そして納戸に奉仕着を着るために行くらしい、行ってるんです。
そして奉仕着を付け付け眠って、そのままなごうなって眠ってしもいうてからとうとう、あの、何日も続けてご無礼をするといったような事もあります。
そでそういうことをです、こりゃ教会でお賄をいただいとるから、気の毒なから、でらにゃといったようなもんではないらしいですね。
やはりそこに真剣な、いうならおかげを頂きたいと言うても、おかげば頂かんならんことが彼にはないわけですね、たとえていうと。
食べること、住むこと、いうなら、衣食住に何の不自由もなしに、お育てを頂いとりますから。
今日もだから僕はお願いちゃ、一週間にいっぺんぐらいしかせん、ちゅう。そん、いっぺんに一週間ぐらいしかせんという願いも、まぁ、どんなことが願いであるか分かりませんけれどもです、ね、私は話を聞きながら思いました。ははあ、この程度この度合いの人もあるのだから、これはいよいよ信心をお伝えするということは難しいことだなー、と思いました。
ね、けれども彼が言っておりますように、どれが本当だか、実際僕には分からないといっておるようにです、栄四郎の生き方が本当なのか、皆さんがおかげおかげと言うて、ば、おかげをお願いに見えるのが本当なのか、分からんのです。
ね、けれども私はせっかく信心をさせて頂くのですから、ね、いただいておるおかげをおかげと感じさせて頂けるところまでは、一つ信心を身に付けたいと思います。
信心はせぬでも、おかげはやってあるというおかげをです、おかげだと実感でけるところまで、信心を一つ頂かなければいけません。
ね、そこからです、いうならば、ね、痛ければ痛い、痒ければ痒いという難儀をです、願うに致しましても、いただいておるもの、おかげを受けておる、そのおかげを受けておるということを、まず、土台としてお礼を申し上げて、そして、ここが痒うございます、ここが痛ぅございます、と言うてお願いをするということになれば、ね、お礼の心が土台となっての願いがでけるようになれば、神様も喜んでおかげを下さることがでけるだろうと思うのです。
ね、ただお願いということだけ、ただ苦しいから助けてくださいというだけの、願いでは、ね、いうなら、問屋もそう簡単には卸されないというところがあるようです。
ね、今日、日田の向こうの豊後森というところがあります。
そこからちょいちょい参って見えます方があります。
おかげを受けて、どうでもあちらに豊後森の支部を作って下さいと言われる。
けれどもまあ、ご信者がそこニ軒あちらから、参って見えます。
それでなら、こちらから毎月なら日にちを決めてお話に行くということも、もすこしなら、そんなら、とにかくまあ、自分の周囲に示現活動をさしてもろうて、お導きをして、信者が五軒なり十軒なりでけてから、そしてあちらのほうへ共励会なら共励会ができるようになったらいいですねと、いうふうに申しておりましたら、先日から自分のご兄弟だけでも十一人か十二人かおられるそうです。
それは甥やら姪やらを皆のお話しを聞きに来て貰うと何十人かはおるちゅうわけです。
というようにまぁ、熱意を見せておられるわけでございますがね、今日もお礼参拝に出て来てから、こげな恥ずかしいして御礼も申し上げられませんといって、恥ずかしいしてお礼ば言わん、どういうことですか、とそりゃあーた、いいなさらにゃいけませんよ、実はあーた、ここに持って来とるカパン、このくらいばかりの立派なカパンを持っておられます。
自動車の中に入れておったところが無くなっておる。
中に重要な書類やら運転免許やら、お金は少しばかりでしたけども入っておった。
ところが今朝、そのカパンをいるからと思うて探したとこがなか、ずい分あっちこっち探したけれどもない。ところが、その、どっか藪の中にそのカパンが捨ててあった。
自動車のなかんとを誰かが取って、そして中を開いてみたところが、金のはいっておる、いわゆるもう百円硬貨までお金はもう全部とっていっとるけれども、書類やらはまぁ、その泥棒に用がなかったわけでしょう、そのままにして、いわゆる泥棒の良心でしょうね、それをまた分かりやすいごったあっとこの藪の中に捨ててあった。
ほうん良かったと、ほんにこれが昨日ならば、福岡へ行ってから、何十万という集金を持って行けといわれて、この次ぎ来てもらおうと言うてから、もらてなかった。
考えて見るとほんとおかげ、もう恥ずかしいして、こげなお礼お届けをされんばってんから、実はこげんでしたという、そりゃあーた、恥ずかしいもなかじゃないですか、そげなおかげを頂いておられる。
ね、そういうたとえば、おかげを頂いておられるのですから、ね、そのお礼をやはり土台にして、お願いをなさる、次もまた、いろいろとお願いがございました。
ね、そういう、たとえばおかげを頂きますと、またしてお話しを頂いてみると、はあ、昨日もらうはずのお金をもらっていなかった、これに入れていなかったということが、お繰り合わせとはこういうものであるかと、分かる。
ね、そういう私はおかげをおかげと実感する。
ね、先日からここで、いつも十六日の総会が、今年から秋の総会だけを十五日、一日早めて敬老の日に、は、皆さんがお休みだからというので、敬老の日を選んで、お取り次を頂いて、変更させて頂きました。
平原公園に沢山な方が集まって、ま、総会をま、大変内容の充実した総会でございましたが、あくる日になって、思えば思うほどおかげを受けておったことがいろいろ感じられる。
第一、テレビでは午後から雨だと言うておったのが、一日、終日、朝の四時のご祈念の時にはお湿りがあっとりました。
けれども、もう五時か六時ごろには、晴れて、そして終日、あのような好天に恵まれまして、総会が開かれた。
帰らせて頂いていろいろとお礼を申させてもろうて、あくる日になってまたお礼を申させてもらう。なぜかというと、あくる日はああいうこのあたりは土砂降りでした、あの、吉井あたりから、こう、あの、会場にした平原公園辺りは、もう、土砂降りの中にお礼を申させて頂いた。
昨日ならああいう、年寄り子供も交えてでございますから、大変だったろうけれども、ほんとに神様が一日おしめりを伸ばしてくださった。
そしてまた、その翌日も降るというようにです、おしめりが続いて、てございましたが、神様のご都合お繰り合わせと言うものは有り難い。
神様が願いもせんことまで、ちゃっとお繰り合わせくださって、あちらの青少年育成場ですかね、あちらをお借りしたわけですけれども、あちらが板張りである、それにあの板張りいっぱいに敷くような上敷きのござがお供えをいただいておる。
は、何からかにまで神様がご都合お繰り合わせを下さって、有り難い。そういうご都合お繰り合わせの中に、一人一人が、あの総会を頂いたと思うただけでも、有り難いということが分かる。
ね、そういうたとえば、おかげを受けなければね、有り難いというものが生まれてこないのです。
ね、おかげを受けて有り難いという、ね、そこからです、段々いわゆる信心はせんでもおかげはやってあるというおかげが一つ一つ分かってくる。なるほど、なるほどという合点がいってくる。
ね、たとえば病気のお願いをさせて頂くでも、ね、たとえば目なら目が悪いならばです、目も鼻も口も、なら手足も五体はおかげを頂いておるというその事実をね、事実としておかげと実感でけれるという信心、話を聞けばね、なるほどそりゃそうだ、目が悪いけれども、ね、耳は悪くない、手足も動いておる、だからそういう理屈で分かってです、ね、分かって有り難うございますと言うたんでは本当のことじゃない。
実感としてです、今申しまうようにね、昨日集金をして来ておったら、その全部を取られておっただろうなのに、神様がお繰り合わせを下さって、昨日は集金をしていなかったということが、おかげであると分かった。
神様がいうなら合楽の信奉者何百人の方達の、総会のためにです、降るはずのお湿りも、神様がお天気を恵んでくださってあくる日になって、それが段々強くおかげであったということが分かる。
ね、そこからです、もう限りがないほど、あれもおかげであったこれもおかげであったということが分かる。
ね、私共の若先生、ちょっと体が悪くてから、当然・・・・・?を頂いておかげが分からなければいけないというのでございます。
ね、最近ここ四、五日神様が、非常に何というでしょうかね、見やすい、見やすくおかげが受けられる信心を説けと教えてくっださるし、また、お知らせもまたヒントもほんとに見やすい、身易くおかげが受けられる。
考えてみると、合楽ではいかにもかんで含めるように、朝晩のご理解を頂いておりますけれども、実際その中に込められておるというものは、もう非常に難しい。
実にいわば高度である。だから高度だから、おかげが受けられるということではないのです。
ね、程度は低くても、やはりおかげは受けるのです。
ここ四,五日のご理解を、三、四日でしょうか、のご理解を頂いておりますと、もう実にかんで含めるような、とだけではなくて、いわゆる見やすうおかげが受けられる。
ね、たとえて申しますと、ね、成り行きを大事にしていかなければならないということは、もうここでいやと言うほど皆さんが聞いておられます。
しこもこれが真の信心だと言われております。ところがその、成り行きを大事にしていくということが非常に難しい。
なぜかというと、その成り行きというものは、突発的だからです。
思いもかけないことが起きてくるからです。
そこでね、今日あたりのご理解を頂いておりますと、その成り行きを願えと仰っておる。
成り行きを頂くではなくて、成り行きを願えというのです。
ね、それも、ね、私が頂けれるような、私が受けられるくらいな、お繰り合わせを頂かなければならない。
私の信心の程度で、受けられる事柄でなからなければ、できないというのです。
ですから、まず成り行きを願うということ、そして成り行きを頂くということにならなければならないということになってくると、大変みやすうなって参ります。
ね、お願いをしておってから起きてくる問題ですから、もう自分がいっぺんなろうたところ、これなら自分で持てれるだけのことしか、起きてこないと確信されるからなんです。
ね、ねごうてから起きてくる、いくらそれが突発的でありましても、それは、自分のもてれる力量の、力量に対して下さる成り行きですから、受けられる。
その成り行きを受けるそのことが、真の信心だというのですから、ね、成り行きを願うと●② いうこと、そして成り行きを頂くということ、そういう意味のことを頂きました。
先ほど今日は、秋永先生が三人の方をお導きして、今日は早く参って見えておられました。
そしてお届けがありましたですけれども、今朝のお夢の中に、そのもう、それこそ下はどれだけあるやら分からんような断崖絶壁のとこから、その飛び降りなければならない。しかも、自分所のおじいちゃんか、合楽のおじいちゃんか分からんけれども、ま、そのおじいさんを抱きながら、そしてその飛び降りならならんという、それこそ目のまうような、それでも飛び降りならんというので、そん、飛び降りた。そん飛び降りとる間の長いこと、長いこと。
ほりゃもうこげんとこから飛び降りたが、下は大丈夫じゃろうか、下を見るともう、石やら岩やらいっぱいあるごとある感じである。
ね、ところが、落ちながらです、ね、それこそふわーっと布団の上んでも落ちるようなふうにして、落ちたお夢をただいたというのです。
ね、だから私、今朝そのことをまぁ、申しましたんですけれどね、ここ三、四日、とにかく見易う、ね、おかげを頂かせてもらわなければならない。見易い信心を、によって、ね、おかげをスムースに頂かせて貰わなければならない。
ですけれども、そのいかに見易いと言うても、ね、彼には見易うても、この人には難しいということがあるのです。
信心の段階です。ね、幼稚園もおりゃ、小学校もある、中学校もある、ね、私は思わせてもろうた。
●⑪ いよいよ御霊様のお祭りが、近づいてまいりましたから、御霊様方が騒然としてこの頃、何かこう騒がしい思いが、毎日二人三人の御霊様のお届けがございます。
御霊様の働きが、ね、とにかく人間と同じ、救われたい助かりたいという御霊達の働きをです、必ず御霊様のお祭りの前後に、感じます。
秋永先生が頂いておられるのも、そのおじいちゃんの御霊を抱っこして、共にです、助からなければならない。そういうようなものを感じました。
ね、しかもです、これがね、秋永先生の場合はね、もうそういう何畳とも知れぬような谷間を目指して飛び降りれといわれれば、はいと飛びおれるくらいな信心は、もうでけておらなければならないというのでございます。
ね、こっから飛び降りたらもう、死ぬるに間違いないと、ね、いうならばです、ね、もう手放しでおかげの受けれる信心、もうこれは二十、三十年近くになりますかね、私が福岡におります時分に、先生が福岡の教会にお参りをして帰りに必ず私のほうへ寄られます。
そして、ご祈念をさせてもろうてまた、次々と御理解を頂きます。
●② そういう中にですね、その恵比寿様がね、こうやって手をここにこう置いておられる、鯛を釣りござる、岩に腰掛けてから、私のことを大黒様、秋永先生のことを恵比寿様という表現で頂いておった時分です。
恵比寿様が、竿をいわば、その岩に腰掛けて鯛を釣りしござる。
そして一匹一匹こうやって釣り上げて、こうてごん中に入れとくわけです、入れていくわけなんです。
ね、あの時分はあれでよかったわけ、ところがもう、それから二十数年間、信心のけいこがでけておるから、竿は出さなくっても、ね、こちらのほうは、いうならばね、開けっ放しにしておれるというか、ここのほうを、いうならば、受けものが空になっておるような状態でおれば、もう鯛のほうがこれに飛び込んでくるぐらいなおかげを受けなければならないということだと私は思うです。
ね、もういっちょいっちょ手を煩わせなくても、手放しでです、おかげの受けられる、願わんでも頼まんでも、おかげのほうから飛び込んでくるくらいな、おかげと信心をです、頂かなければならないぞということ。
しかも、御霊様のお祭りが近づいて来よる、いうならば、おじいちゃん、ということは、いうならば先祖の御霊様達もお前の信心によって一緒に助からなければならないのだ。ね、これが普通の人なら、そげなぶんもまだ、無茶なことがというわけでございましょう。
ね、飛びおれれという、こういうとこから飛びおれれない、けれどもね、そこに鶴の一声、飛びおれれといわれれば、飛びおれれるだけの、一つの信心の度胸というか、潔さというようなものが、これは皆さんの場合じゃ無い、秋永先生の場合は、もそこができるぐらいなおかげを頂いて、いわゆる御霊様も助かり、自分たちも助かるというようなおかげ、手を下さなくっても、神様のほうから、いうなら、願わんでもおかげを下さるという、いうならば、おかげの世界が、も、開けてこなければいけないというお知らせだということだという事でございます。
ね、ですから、この見易うと言うてもその信心なれであります。お互いの。
昨日今日あたりの御理解を頂いておりますとです、ほんとに今日は栄四郎の話を聞きながら、まあ、それこそ懐疑的てあるとか、神様がどざらんとか、分からんとか、というものならいざ知らずですけれども、ね、合楽にお参りをさせて頂いて、それこそ行本さんじゃ無いけれども、ね、疑おうにも疑う余地のないほどの神様を合楽で感じさせてもらっておる、頂いてきた、ね、そういう人たちがこれからのおかげを頂いていくためには、こういう見やすい信心の段階というものをです、ね、教えて頂いておるのです。
ね、いよいよ御霊様のお祭りが、この二十三日の月次祭に併せて、夜でございますけれども、昼の一時から御霊様の、いうなら秋のご大祭がございます。
合楽に御神縁を頂いておる限りの人たちの、それにつながるゆかりの御霊様たちが、全部合楽のお広前に総集合をなさいます。
ね、そこでその御霊様との間にです、それこそ、真心の玉串の、を取り持つ縁を生かしていく、お祭りでございます。
●④ ね、もう二十五年になりますかね、久留米の光橋先生が亡くなられまして、ちょうど秋の大祭の十六日の朝でございました。
亡くなったというお届けがありましたから、みんなにはそれを伏せて、そしてご大祭を頂きました。
ちょうど吉備舞が、須磨の松風ですかね、という大変よい曲ですし、舞も良い、歌も良いほんとにあの、素晴らしいあの、舞、素晴らしい曲です。
ね、ところがね、この歌詞の中に、鳴くや千鳥の、というところがあります。
あれはなんだったかね、鳴くや千鳥の、なんですか、ああ、ね、今言いなさったようなのがそのあるわけです。
ね、そこをあの、それこそ、あの非常にこう、悲しい哀調を帯びたうたです。
曲もやはりそうです。もうそれが私はもう悲しゅうして、悲しゆうして、その、あの曲を聞きよってからね、もうこげな、悲しい曲は、もうこれからの大祭にはもう絶対もう使わない、須磨の松風だけはも、大祭の吉備舞には、もう使わないことにしょうと言うて、二十何年間、まぁ、しまってあった曲が、今度の御霊様のお祭りにでます。
今毎日毎日その練習があっております。
ほんとに素晴らしい曲です。
ね、それは楽長さんがここのおじいちゃんやらおばあちゃんが、亡くなられるもう幾年かは、御大祭も拝まれず、吉備舞もご覧になっていないから、どうでも御霊様へ奉納したいから、あの曲をということでございました。
だから、御霊様へのお供えならいいだろうということで、須磨の松風を今度、御霊様へ奉納することになりました。
ね、これは、なら、私の父とか母だけのことではない、御霊様全部にその曲を聴いてもらい、舞を見ていただくわけでございます。
そういう、思いが一生懸命日々、その練習という形で表されております。
私どもが御霊様の祭りだから、さあ、お参りをさしてもらおうというだけではなくて、ね、やはり二十三日のお祭りには、これはね、この目に見えないものを大事にするのが信心です。
ね、いうならば、目に見えない自分の心を大事にするというところに、今日の御理解からいうと、神様をそこに実感しなければおられない働きが起きてくるのです。
そこから、今までおかげではないと思うておったことまでも、おかげと実感がでけてくるのです。
ね、目に見えない先祖、目に見えない御霊様、中々おろそかになりがちですけれども、ね、せめて御霊様のお祭りというときにはです、せめて、ね、お互いの真心を結集して、思いを込めて、いついつは御霊様に喜んで頂く、お祭りを拝まして頂きたいというような、心の準備がいるのじゃ無いでしょうか。
どうでも一つ、家族を上げて、ご先祖の御霊との間の交流がほんとに、ありがたくできるようなおかげを頂いて頂きたいと、まぁ、願わせておるわけでございます。
ね、そんなわけで二十三日の御霊祭りには皆さん、どうでも一つ根を大事にする、いうならば家の根を大事にするという、そういう、一つけいこをなさらなければいけません。
根が生き生きとしてくる、ね、ですから家の根も生き生きとしておかげが現れてくる。
自分の心が生き生きとしてくるから、生き生きとしたおかげが表れてくるのと同じことです。
自分の思うようになるとそれをおかげと思う。自分の思うようにないと、はあ、こんなことだとまあ、思う、ね、それではおかげが受けられんのです。
自分の都合の良いこともおかげなら、自分に都合の悪いことも、またおかげであると分からして頂くような信心、ね、そこにすべてがありがたくなってくるという、そこのけいこをです、私どもが体験を通してです、たとえば、ね、昨日集金をしていなかった事がおかげであったと分かるように、ね、または、今日の、たとえばお湿り、昨日のお湿り、それはね、私共にとっては大変有り難い、福岡の幾人の方が、あの、お届けをしておられました。
もう水道が止まると、はずのが、こ一両日の雨で、また何日かのんだという今日お礼お届けがございましたがね、だから自分だけを中心に考えると、降る照るの事一つでもおかげであるとかおかげでないとかということになりますけれども、そこんところを神様が縫うようにです、降ってはならんときには降らん、降らなきゃならんときには降るといったような、そのお繰り合わせを頂きながらね、そこにお礼の実感というものがある。
そのお礼の実感を土台にしてお願いがでけるような信心がでけて参りますとです、いわゆる自分の都合の良いことだけがおかげではなくて、自分にね、たとえば集金をしなかった、でけなかったこともまた、おかげであったと分からしてもらう、それを繰り返していくうちにです、あれもおかげ、これもおかげというような世界が開けてくる。
そういう世界を私共は目指しての信心を頂きたいと思います。
どうぞ繰り返し申しましたが、ニ十三日の御霊様のお祭りは目には見えませんけれども、やはり家の根です。
ですから家の根を大切にする、いうならば、けいこですかね、やっぱりけいこです、ね、一つ、ま、御霊様の好きなものの一つもね、こさえさせてもろうて、真心込めてお供えさせてもろうて、御霊様の喜びが返ってくるような実感で、二十三日の御霊のお祭りを仕えたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。